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NBAについて主観的に語ると共に、ダイエット法もご紹介。(旧:NBA選手 ニュース)

選手名鑑:デリック・ローズ

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<プロフィール>

本名:デリック・マーテル・ローズDerrick Martell Rose) #1
 
ポジション:PG
 
身長 体重:1.91cm 86kg
 
1988年3月23日生まれ。(28歳)
イリノイ州シカゴ出身。
 
 
2008年ドラフトでNBAへ入団したデリック・ローズは、この年の1巡目1位でCHIに指名された。
 
すでに前評判で最高だったローズの1位指名は、誰もが予想した程だった。
 
この年のドラフトで入団し、活躍しているスター選手といえば、1巡目4位でOKCに指名され、2016-2017に平均トリプルダブルの記録を達成したラッセル・ウェストブルックやケビン・ラブ、ダニーロ・ガリナリ、エリック・ゴードン、BKNのエース、ブルック・ロペス、SASで急成長したジョージ・ヒルなどがいる。
 
ローズは、このスター選手を差し置いて注目の選手として、マイケル・ジョーダン時代のCHIを復活させる男と期待されてNBA入りを果たした。
相当なプレッシャーの中、ローズはチームのエースとしての役割を担うことになった。
 
大学時代は、メンフィス大学で1年間プレーした。
後輩にはローズ入団の翌年にNBA入りを果たし、ルーキーオブザイヤーに輝いたタイリーク・エバンスがいる。
 
 
受賞歴
・シーズンMVP
・ルーキーオブザイヤー獲得
NBAオールスター出場3回
・オールルーキー1stチーム
・オールNBA1stチーム1回
 
 
ルーキー時代から輝かしいキャリアをスタートさせているローズは、その勢いでシーズンMVPをも獲得した超大型スタープレーヤーである。
デリック・ローズ、ジョン・ウォール、カイリー・アービングとPGのドラフト全体1位ピックを獲得したスター選手のトップを走った。
しかし、ローズのここまでのキャリアは、苦悩の連続だった。
新天地にCLEを選んだローズは、その先に何を見ているのだろうか。
 
ローズのルーキー時代からキャリアを辿っていく。
 

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<わずか3年でNBAのトップまで登りつめたデリック・ローズ>

NBA入りをしたその年からローズは、CHIのエースとしてスターターのPGを担った。
寡黙なローズは、プレーでチームを引っ張った。
 
2008-2009、ルーキーシーズンにも関わらず、ローズの1試合の平均出場時間は、37.0分だった。
球団がどれだけローズに期待していたかが分かる数値だ。
ローズは、そんなプレッシャーも背負いながら口を閉ざし、プレーだけに集中していた。
 
3月6日のMIL戦では、FG10/18の成功で27得点、6アシスト、2スティールを記録し、見事勝利に貢献した。
 
3月9日にはダブルオーバータイムまでもつれたMIA戦でキャリアハイの55分のプレーを託された。
 
当時CHIのセンターであるジョアキム・ノアとは、このルーキーシーズンから共にプレーしており、ローズのスーパープレーっぷりを間近で見ていたノアは、ここからローズの親友と言われる程の関係にまでなっていく。
 
ローズ加入による効果は、CHIにとって1シーズン目から顕著に表れた。
ローズがいない昨シーズンまでのチーム成績は、33勝49敗だったが、ローズ加入により、41勝41敗と勝率を5割にまで引き上げられた。
 
ローズはこのシーズン、MPG37.0、PPG16.8、APG6.0、SPG0.8、FG成功率47.5%を記録し、見事、ルーキーオブザイヤーに輝いた。
 
そして、チームは第8シードとして2シーズン振りにプレイオフに出場した。
 
ファーストラウンドでは、2007-2008の覇者BOSと激突した。
当時のBOSは、ビッグスリーポール・ピアースケビン・ガーネット、レイ・アレンがチームの中心となっており、リーグでも圧倒的な強さを見せつていた。
 
誰もがBOSがスイープで勝ち上がるだろうと予想していたかもしれない。
しかし、このシリーズは予想を覆すCHIの底知れないチーム力が猛威を振るった。
 
第1戦、第1シードのBOSのホームで行われた試合は、第4クォーターを終了して97対97の同点でオーバータイムに突入する。
そのまま105対103と接戦を制したCHIが初戦を勝ち取った。
 
ローズは、ルーキーシーズンでしかも初めてのプレイオフに49分出場し、36得点、4リバウンド、11アシスト、1スティール、FG成功率63.2%(12/19)を記録した。
 
 
その後は毎試合のように2,3点差での接戦ゲームを演じ、CHIが2勝3敗となった第6戦では、トリプルオーバータイムにまでもつれる大接戦となった。
 
127対128で迎えた残り8秒のところでBOSのレイジョン・ロンドがペイントエリア付近からラストショットを放つ。
マークについていたローズがそのロンドのショットをブロックし、そのまま逃げ切った。
 
第7戦に破れてシリーズ敗退にはなったが、ローズはこのシリーズでMPG44.8、PPG19.7、RPG6.3、APG6.4、FG成功率49.2%を記録し、リーグにマイケル・ジョーダン以来のCHIの救世主であることを知らしめた。
 
このBOS vs CHIのプレイオフファーストラウンドは、ファーストラウンド史上最高のシリーズと呼ばれるようになったようだ。
 
2009-2010、この辺りからローズの実に早い全盛期が到来する。
このシーズンのローズは、PPG20.8、APG6.0、SPG0.7、FG成功率48.9%とルーキーシーズンの成績を上回った。
 
ローズには3Pという武器はない。
小さい選手が3Pを放たずして平均20得点以上を記録し、平均6アシストとゲームメイクも上手くできる。
 
相当素早いドライブを武器にし、トップスピードのまま切り返しができる、人間とは思えないような身体能力を備えている。
 
このシーズンではレブロン・ジェームスと優勝請負人のシャキール・オニールが率いるCLEとプレイオフで対戦する。
 
ここでもローズは、MPG42.4、PPG26.8、APG7.2、FG成功率45.6%を記録した。
オニールがいるインサイドからでも得点を取るローズの姿は、アレン・アイバーソンを彷彿させるかのようだった。
 
ローズの活躍で1勝をしたが、それ以上は勝利を増やすことはできず、ローズの2シーズン目が終わった。
 
2010-2011、この年は完全にローズの全盛期といっても過言ではないシーズンになった。
 
まず、シーズンとは別で世界選手権にアメリカ代表として出場したローズは、そこで弱点となっていたディフェンスの強化に励む。 
そして、世界選手権では金メダルを獲得した。
 
シーズンが開幕し、ローズの世界選手権でのディフェンスの強化の影響も表れ、平均スティール数も向上した。得点力の強化にも成功した。
 
3月18日のIND戦ではキャリアハイの42得点を記録し、フリースローも自己最多の18/21という数値をマークした。
 
3月26日のMIL戦ではキャリアハイの17アシストに加え、30得点を記録し、チームの勝利に大きく貢献した。
 
シーズン成績は、MPG37.4、PPG25.0、APG7.7、SPG1.0、FG成功率44.5%を記録した。
そして、このシーズンでは3Pショットも放つようになり、3P成功率33.2%という成績も残した。
これは、平均得点を大きく引き上げた要因の一つでもあるだろう。
 
NBAオールスターにもファン投票で出場することになった。
 
チームもローズの活躍で62勝20敗という成績を残し、イースタンカンファレンス1位となった。
 
この時期のCHIは、もはやローズがいなければ全く別のチームになってしまう程、ローズの影響力があった。
これにより、ローズは史上最年少でのシーズンMVPに輝いた。NBA史上最年少だ。当時22歳。世界最高峰のリーグで30代近くの大柄な選手達がいる中で、信じられない。
 
また、1シーズン通算2,000得点、600アシスト、300リバウンド以上を達成した選手としてPGでは史上初の選手となった。
 
レイオフではカンファレンスファイナルまでわずか3敗で勝ち進んだ。
対するチームはスリーキングスが君臨するMIAだった。
ドウェイン・ウェイドレブロン・ジェームス、クリス・ボッシュとスーパースター中のスーパースターが3人も所属するチームに対してCHIは、ローズとチーム力で堂々と立ち向かった。
 
初戦はローズが28得点6アシストの活躍で勝利したが、以降4連敗でシリーズ敗退。
 
3シーズン目のローズは、シーズンMVPとプレイオフ3年連続出場、そしてカンファレンスファイナル初出場を経験して幕を閉じた。
 

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<度重なる怪我により、伝説となってしまった男>

2011-2012、ローズにとって4シーズン目のシーズン。
ここからローズのNBAでの栄光の歯車が狂い出す。
 
この年は、ロックアウトの影響で66試合のシーズン短縮となった。
しかし、ローズはというと、怪我で思うようにプレーができず、出場試合数も39試合に留まった。
 
そして、プレイオフではPHIと対戦したが、初戦に出場し、勝利したものの、以降ローズが試合に出場することはなかった。
試合終了間際のドライブ時に膝の怪我を負ってしまったのだ。
 
2012-2013、ローズは、左前十字靭帯の断裂という大きな怪我により、シーズン全休という決断を下す。
 
2013-2014、完全復活を果たしたローズは、プレシーズン7試合に出場し、MPG27.4、PPG20.7、APG5.0、SPG1.3、FG成功率47.6%、3P成功率44.4%を記録した。
 
レギュラーシーズンでは開幕から10試合をPPG15.9、APG4.3という成績を残したが、FG成功率35.4%と低迷するなど、かつてのローズの姿は見られなかった。
 
そして、左膝の怪我で自然と庇ってしまっていたのか、今度は右膝の半月板を断裂し、残りシーズンを全休することになった。
 
2014-2015、ローズはまたしても怪我からの復帰という形になったが、このシーズンでも怪我に悩まされ、シーズン途中で膝の手術などもすることになり、出場試合数は51試合に留まった。
 
シーズン終了間際の4月に復帰したローズは、3シーズン振りのプレイオフに出場することになる。
ファーストラウンドでは、MILと対戦し、4勝2敗で勝ち進んだ。
セミファイナルの相手は、MIAからレブロンが戻ってきて、カイリー・アービング、ケビン・ラブとのビッグスリーを結成したCLEだった。
 
1勝1敗で迎えた第3戦、96対96でラストショットを託されたローズは、見事ブザービーターを決めて96対99とし、チームを勝利に導いた。
しかし、そこから3連敗を喫し、シーズン終了となった。
 
レイオフ12試合の成績は、MPG37.8、PPG20.3、APG6.5、SPG1.2、FG成功率39.6%、3P成功率34.8%を記録した。
 
2015-2016、徐々に試合数を増やしていき、この年は66試合に出場。
MPG31.8、PPG16.4、APG4.7、SPG0.7、FG成功率42.7%を記録した。
出場時間を制限しての起用となったのだろう。
 
2016-2017、NBA入団から7シーズンを過ごし、地元でもあるCHIとついに決別の時が来てしまう。
ユナイテッド・センターでの「シカゴ出身、デリック・ローズ!」という紹介アナウンスが懐かしく思うことだろう。
ローズは、NYKへ移籍することになった。
 
NYKに移籍したローズは、全盛期のようなプレースタイルに戻すことを決めていたのだろうか。
3Pも全盛期のように放たないようにし、ドライブからのフローターシュートなどを中心に2点を確実に取るプレースタイルに戻った。
 
シーズン成績は劇的に向上され、MPG32.5、PPG18.0、APG4.4、SPG0.7、FG成功率47.1%を記録した。
 
 
28歳にしてローズは、全盛期の今や伝説となっている時期のローズに戻りつつある。
完全に戻ることは難しいが、今でも1試合20得点以上を取れる選手であることは間違いないだろう。
 
今後、怪我なくシーズンを通して試合に出場することができれば、かつての伝説のデリック・ローズに近づくことはできるはずだ。
 
2017-2018、CLEと契約を交わしたローズは、勝利に飢えている。
ローズが欲するのはチームの勝利。
 
今でもユニフォームの売上ランキングの上位に位置し、リーグでの人気の高いローズが、CLEで活躍してくれることを期待するファンはたくさんいるのではないだろうか。
 
今シーズン、CLEで伝説となってしまったデリック・ローズを取り戻して欲しい。